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世界遺産 —岩手県平泉 中尊寺
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▲観光パンフレット

岩手県は日本の本州東北部に位置し、東は太平洋に面している。中尊寺が建つ平泉町は、東京から約400キロの距離にある。

平泉町の南部にある中尊寺金色堂は、世界文化遺産に登録されている。堂の内外ともに金箔を貼ってあるため、「金色堂」と称されている。華麗な外観と精巧な構造の金色堂は国宝に指定され、藤原氏三代の遺体が祀られている。

平泉の寺院の中でも天台宗の東北大本山である中尊寺、中でも金色堂は外観の輝きもあって存在感があり、規模は大きくないが人目を引く。歴史資料によると岩手県西磐井郡平泉町の寺院建築群の山号は関山で、平泉寺院建築群と呼ばれている。嘉祥3年(850年)に建てられた当時は弘台寿院と呼ばれ、貞観元年(859年)に清和天皇から「中尊寺」の名を賜ったという。

長治2年(1105年)、藤原清衡氏がこの寺を復興させ、相次いで長寿院、金堂、三重塔、経蔵、金色堂などを建てた。大治元年(1126年)に落慶供養が行われた。鎌倉時代には、寺塔が40、禅坊が300軒あったという。建武4年(1337年)に大きな火災が起き、金色堂と経蔵を残してほぼ全焼してしまった。その金色堂は清衡が自身の「みたまや」として建てたもので、中には藤原三代のミイラが安置されており、国宝として指定されている。

経蔵の上層部は焼失したが、その後一重宝形造に修繕された。中には紺紙金銀字一切経、紺紙金字一切経、紺紙金字千部一日経三つ、合計二千七百三十九巻の経があり、宋版一切経九十巻とともに国の重要文化財に指定されている。

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その後室町時代まで、中尊寺には天台と真言の二宗が同居していたが、寛文5年(1665年)に上野寛永寺の末寺になってから徐々に真言宗が排除され、天台の寺院になった。そして2011年6月25日、世界文化遺産に登録された。

新覆堂(保護堂)と金色堂のある中尊寺は、平安時代後期に修築された寺だ。最初は、奥州藤原氏の一代目・藤原清衡が天治元年(1124年)に修築し、平等院鳳凰堂とともに平安時代の浄土教建築を代表している。当時の建築、美術、工芸の精髄が込められており、国宝に指定されている。現在の金色堂の所有者は宗教法人金色院である。

金色堂を風雨から守るために、外側をすっぽり包む形の覆堂が造られた。覆堂は鎌倉時代の正応元年(1228年)に、惟康親王の命令で建造された。現在の新覆堂(保護堂)は1965年に建てられた鉄筋コンクリート造のもので、金色堂は覆堂内のガラスケースに収められ、温度や湿度が調整されている。

金色堂は長年の間ネズミ等の害で、金箔が剥げるなど劣化が進んでいたため、1962年から1968年にかけて解体修理が実施され、建築当初の状態に復元されている。その後、1968年から1990年にかけては新覆堂の改修工事が行われ、ガラスケースも新しくなった。

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金色堂は1897年(明治30年)に当時の古寺院報損法によって「特別保護建築」に指定され、1951年には文化財保護法による国宝に指定された。

中尊寺は八幡堂、弁慶堂、薬師堂、中尊寺本堂、峰薬師堂、中尊寺金色堂、経蔵、天満宮、金色堂旧覆堂、白山神社、弁財天堂、鐘堂などにより構成された建築群である。毎日、観光客が絶えることはない。

2011年11月29日
(梁鐘文、音無紀彦、高田彰)